自宅死と孤独死と孤立死のちがい
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結論から申し上げます
自宅死・孤独死・孤立死という言葉がありますが、どれも内容的には1人自宅で亡くなっていたということには変わりはございません。

しかし、孤独や孤立というのは誤解をまねく強い表現の言葉になっていて故人が本当に孤独や孤立だったのかは誰にもわかりません。
故人本人の心の中は、他人からは読み切れないので自宅死というのが適切にはなると思います。

孤独死・孤立死とはなんなの?

うさぎ
近年、孤独死とか孤立死ってテレビなどで放送しているけれどあれってなーに?

ぺんぎん
孤独死とか孤立死というのは死後日数が経過して部屋の中で1人身でなくなっていることを言うんだよ

ひつじ
いろいろな言い方があるけれど、孤独や孤立していたわけじゃないから自宅死でいいと思うなぁ

孤独死はどうして起こるの?

家を守るというよりかは、外にみんな働きにでるように(地元よりも地元外)なって核家族化が進んだ現代で家族というのは書類上だけのようになってしまっているかもしれません。

 

10年ひと昔でいうと、○○家という家族はその土地で一族を繁栄させていくという理想があったと思いますが、現代ではそれぞれが違う土地に住み田舎には盆と正月くらいしか戻らないといった感じではないでしょうか。

 

孤独死や孤立死が起きてしまう原因として、家族のコミュニケーションが破たんしているから起こるものとして例にあげられると思います。

しかし、本当にコミュニケーションが破たんしているから孤独死がおきるのでしょうか?

 

孤独死というのは、家族の在り方それぞれだと思います。

生きるために家族と離れて暮らしている方、結婚して家族と離れて暮らしている方、家庭内でいろいろあって離れて暮らしている方、様々な要素があって別々に暮らし、結果として孤独死という最後になってしまったということ。

連絡を取っていないから孤独死になってしまうというよりも、毎日連絡をとる人は現代でいるとおもいますか?

大抵は意見の食い違いで連絡を取っていなかったときに人の体調は変化し、最後を迎えてしまうこともあるのではないでしょうか。

孤独死はわるいことなの?

孤独死や孤立死に至ってしまう原因として、病気だったり発作だったり覚悟だったりと人によって違います。

孤独死や孤立死の定義として、「死後日数が経過して発見されたこと」という定義づけがあります。

死後に日数が経過して発見されたこと、いわゆる臭いがでて近隣に迷惑を掛けてしまっているという状態です。夏場の暑い時期ですと死後半日もあれば腐敗は始まっていきます。

暑い時期、締め切った室内は50度にも達してしまうかもしれない中で遺体はジュクジュクしたまま腐っていくのです。そこで臭いも発生し近隣へと漂っていきます。

 

ですが、リフォームすれば孤独死の物件は元に戻ります。

「孤独死が悪い」というのは迷惑を掛けてしまっているということ。部屋を貸してくれている大家さん、近隣で生活して居る人、発見してくれた人など

 

自殺で亡くなったのではなければ死亡診断書には、孤独死ではなく異常死になると思います。

それを日本人は縁起を担ぐ習性があり、部屋で死んだら縁起が悪いとか死んだ人の部屋にはかかわりたくないとかという感情をむき出しにしてきます。

行政も孤独死や孤立死という定義ではなく自宅死という定義にすればよかったのではないでしょうか。

私たちは、孤独死や孤立死ではなく自宅死と表現しておりますが実際のお部屋をみると本当に孤独だったのか?孤立していたのか?と思うことが多々あります。

 

死後日数が経過して臭いが近隣へ漂っている状態でも、人は関わりたくないといって通報もしない場面もあります。

孤独死が悪いことという風潮は時代の古い人たちが考えた言葉なのでしょう。

自宅死など孤独死・孤立死などのすみわけ

  • 自宅死 = 自分が住んでいる部屋で亡くなってしまったこと
  • 孤独死 = 身内がいなくて1人孤独になって部屋で亡くなっていたこと
  • 孤立死 = 社会から孤立して1人部屋で亡くなっていたこと

行政では孤立死という言葉が表現的には少なくないようですが、一般的には孤独死という表現が広く知れ渡っています。

しかし、本当に孤独だったのか・・・、孤立していたのか・・・。

人が集まれば派閥が起きることは現実的な事だと思います。政治にしてもみんな意見が一緒であればいろいろな党ができるわけがありません。

 

人は集まれば集まるほど派閥を作り自分たちの意見をぶつけ合います。意見にあわなければ大勢の賛成者から孤立しているというレッテルを張られてしまいます。

 

人が集まっているのに1人の時間を過ごしていると、あの人は孤独が好きだからといった風評を付けれてしまいます。

人はそういった部分を隠し、孤独や孤立などといった表現で定義を付けてしまいがちです、そういった考えはとても適切ではないと思う方は意外といらっしゃると思います。

孤独死や孤立死をなくすことはできない

地方に住んでいても、経済が回っていかなければみんなが生活できない。むしろ経済が回っている土地に住みたいと思うことは必然であるでしょう。

地方よりも都会の方が経済面で言えばよいかもしれませんし、地域柄でいえば地方に住んでいたほうが住みやすいかもしれません。

家族模様というのは人にはわからないことがたくさんあります。地方で立派な家に住み、その家族は経済力があったとしてもみんなそのような家族形態ではありません。

夢や希望を抱いて都会にでてきてそのまま都会で一生過ごすといった人も十分いるとおもいます。

高度成長期から不景気に陥り、通常の暮らしができなくなって仕方なく1人身で生活している方もたくさんいます。

家族が団結している人たちにはわからないかもしれませんが、状況によって1人で暮らしていかなくてはならないひとの気持ちなどを尊重すれば、孤独死が悪いことという言葉は出てこないとおもいます。

 

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